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ブルーマウンテンの魅力


ジャマイカの高地で育まれた王なるコーヒー、贅を尽くした味と香り、それがブルーマウンテン。
“ブルーマウンテン”コーヒー好きなら誰でも知っている高級コーヒーです。
価格も一般的なコーヒーの中では一番高く、誰でもコーヒーを飲み始めたら一度は飲んでみたいコーヒー・・・。
そのブルーマウンテンの産地はカリブ海に浮かぶジャマイカにあります。
標高2,256mのブルーマウンテンピークを中心に、島の東部を東西に走る山脈。その中腹にブルーマウンテン地区があり、ジャマイカの法律で定められたこの地区で採れるコーヒーだけが「ブルーマウンテン」の称号を与えられます。
収穫作業風景
◆ブルーマウンテンエリア図◆
ブルーマウンテンエリア図
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首都キングストーンから車で1時間あまりの山道を走れば農園に到着。
この地区は世界が羨むほどコーヒー栽培に適した自然条件を備えています。日当たり、風通し、降水量、肥沃な土壌、そして昼夜の寒暖差がコーヒーのコクや甘みを育んでくれます。
午後涼しくなったと思ったらあっという間にあたり一面「ブルーマウンテンミスト」と呼ばれる霧が発生し、強い日差しを和らげ樹木に湿り気を与えます。
毎年3月から4月にかけ3日間だけ白い花を咲かせたコーヒーは、恵まれた自然の中で育まれていきます。収穫シーズンは11月から3月で、最盛期には100人以上の人が急な山の斜面に植えられた、真っ赤に熟した赤い実をひとつひとつ丁寧に手摘していきます。収穫作業風景
丁寧に手摘みされた珠玉の豆を、天日乾燥し、更に厳しくハンドピック。
収穫作業風景収穫作業風景
◆収穫作業風景◆
摘み取りの終わったコーヒーチェリーは果肉を除去し、きれいに水洗した後に乾燥場に広げて天日で丁寧に乾燥されます。十分に乾燥を終えたら品質を安定させるため2ヶ月間じっくり倉庫で寝かせて、仕上げの段階で硬い殻を取り除き粒の大きさ、重さで分別され、さらに手選別で欠点豆を取り除いた後にジャマイカコーヒー産業公社(CIB)の最終検査が行われます。

作業風景作業風景
作業風景なんとこの世界一高級で高価なブルーマウンテンの大半が日本に輸出されています。日本人のブルーマウンテン好きには驚かされます。
ジャマイカではコーヒーの生産者の4分の1はブルーマウンテンを生産していますが、その他の地域でもコーヒーは生産されております。案外他のコーヒーのことは日本ではあまりよく知られていないようです。
作業風景作業風景
◆樽詰めされたブルーマウンテン◆
検査に合格したものだけが品質を保つため木樽に詰められ、出荷の際樽にぎしっしりと詰めるとその重さは70kgにもなります。

当社では通常ブルーマウンテン連峰の東南部、標高1,000~1,350mの高地にあり、伝統的なサプライヤーであるモイホールと契約しブルーマウンテンNo.1を販売しています。
モイホールブルーマウンテンNo.1
ご注文はこちら
ブルーマウンテンNo.1と変わりなく楽しめるコーヒートムリンソン氏
◆ジャマイカコーヒーの品質及び等級には下記のような規格分類があります◆
種   類スクリーンサイズ
ブルーマウンテンNo.117/18が最低96%以上
ブルーマウンテンNo.216/17が96%以上
ブルーマウンテンNo.315/16が96%以上
ピイーベリー(丸豆)10以上
☆ ブルーマウンテンと呼べるのは法律で指定されたブルーマウンテン地区だけで栽培されたものです。
種   類スクリーンサイズ
ハイマウンテン・スプリューム17/18が最低96%以上
☆ ブルーマウンテン地区以外の高地で栽培されているコーヒー。
種   類スクリーンサイズ
ジャマイカ・プライム16/17/18が最低96%以上
☆ ブルーマウンテン地域以外で栽培されたコーヒーで標高は中程度とされています。

モカコーヒー物語


コーヒーのルーツ モカコーヒー


◆コーヒーと人間の出会いについて◆
いくつかの伝説があります。
そのうちでよく知られているのが、アビシニア(エチオピア)でカルディと言う男の話があります。
モカコーヒーのルーツ
◆アビシニア起源説◆
ある日カルディが山羊を放牧していたところ、山羊が何かの赤い実を食べて、興奮して跳んだり跳ねたりしているのを見ました。カルディもその実を食べてみたところ、甘酸っぱくとても爽快な気分になりました。
カルディがその実を近くの修道院に知らせた事がきっかけで、コーヒーがこの世の知るところとなりました。
時代は6世紀とか9世紀とか言われています。
◆もう一つのアラビア起源説◆
13世紀頃、アラビアにシェーク・オマールという人がいました。
彼は当時の指導に背いた罪のために亡命中で、モカの山中に住んでいました。
ある日彼は小、鳥たちが赤い実をついばんでさえずっているのを見ました。その実を採って煮出して飲んでみると、疲れが取れて活力が戻って来るのを感じました。
オマールはその実を採取して山を下りました。道中で病人に出会うと、その実を煎じて飲ませたことが町で評判になり、彼がモカの町に着く頃には聖者として崇められていました。
その赤い実というのがコーヒーの木の実だったのです。
通説では1258年の出来事であり、オマールはイスラム聖人シーク・スシャデリの弟子であったと言われています。
モカコーヒーのルーツ
◆モカ・コーヒーの由来◆
15~16世紀頃からコーヒーの栽培は本格化しますが、そのほとんどはイスラム諸国向けでした。17世紀の初頭にはコ-ヒーはヨーロッパにも広まり、当時コーヒー輸出港であったイエメンの紅海に面した「モカ港」には、オランダ、イギリス、フランス等が次々にコーヒー商館を建て、モカ・コーヒー盛況時代の到来となります。
ヨーロッパの消費拡大に伴い、イエメン産のコーヒーだけではとうてい需要が追いつかず、対岸のエチオピアからイエメンにコーヒーを運び入れ、モカ港から輸出したのです。
エチオピア産のコーヒーも「モカ」と呼ばれているのは、モカ港から同じように輸出されていたためです。17世紀後半から18世紀になると、オランダやフランスがイエメンのコーヒーの木を自国の植民地に植樹して、それぞれの国で栽培が盛んになり、高価なモカ・コーヒーの需要は段々と減ってゆきました。19世紀後半になるとモカ港におけるコーヒー輸出量は激減しました。現在はモカの港からは輸出されていませんが、今でも「モカ」の名前は受け継がれています。


モカコーヒーのルーツモカコーヒーのルーツ


◆コーヒー伝説の国イエメン産コーヒーについて◆
首都サナアから西に50km、1時間のところ「モカマタリ」の原郷、バニーマタル。バニーは(雨)マタルは(部族)の住んでいる所地域を指します。
バニーマタル族はイエメン最大部族です。アラビア語のバニーマタルがマタリに変化し、つまりモカマタリの原語はモカ港から輸出されたバニーマタル産だったわけです。
この地区では、現在でも石畳の上に摘み取った実を並べて天日乾燥します。十分乾燥して黒色になったところで昔ながらの方法:石臼で脱穀します。
首都サナアにはバニーマタルをはじめ、ハイジやハイマ、ハラーズ地方の山岳地帯よりコーヒー豆が集まります。日本や欧米への輸出向けには、高級品としてこの地方のコーヒーを「サナニ」と呼んで取引きされています。

モカコーヒーエリア図
◆エチオピア産「モカ・アビシニア」について◆
モカ・アビシニアはエチオピアのゲディオ地区にあるコンガ村で丁寧に育てられた素晴らしいG1ナチュラル・モカコーヒーです。
真っ赤に熟したコーヒーチェリーは収穫されると、アフリカンベッドと呼ばれる伝統的な乾燥台で2週間もかけて毎日手作業で丹念に天日乾燥されます。
乾燥後、脱穀したものを入念にハンドピックします。その欠点豆の無い良質な豆は、繊細な香味を持っています。


【味の特徴】
ハーブを思わす華やかな香りと明るい酸があり後味に甘みをお楽しみいただけます。

エチオピア マップ


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